◆二段階の「ほしい」
阿部扮する小説家Mは、『結婚できない男』(関西テレビ、2006年)で演じた偏屈な建築家・桑野信介のように、あまり人から好かれる人物ではない。昼は喫茶店で執筆し、夜は馴染みのバーに入り浸る。付き合っていた女性はある日、こつ然と自分の前から姿を消してしまった。
Mの現在軸に対してこの女性F(尾野真千子)の過去と現在が絶妙に入り組む。彼女の前に現れる祖母(草笛光子)との回想が息を呑むほど素晴らしいので、特筆しておきたい。
それは第7話。資産家の祖母の自宅での会話場面。外は台風が近づき、雨音が強まる。杖をついてソファに座る祖母に対してFは着替えを畳んでカバンに入れている。祖母は財産をすべてあげると言うが、Fは取り合わない。
祖母がさらに詰め寄る。すると、うつむくFが「ほしい」と言う。続けて顔を上げ、「全部ほしい」と強く繰り返す。望む答えを得た草笛光子のうすら笑う表情もぞっとするほど素晴らしいが、尾野の二段階の「ほしい」には鳥肌が立った。人間という存在の核心を垣間見てしまった気がする。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu