戒厳令は約45年前に全斗煥大統領(当時)がクーデターを起こして以来になった。

 Dialogue for Peopleによれば、

「1979年10月、独裁体制を敷いた韓国・朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺され、16年に渡る支配が突如、終焉を迎えた。これで時代が変わるだろうと、民主化を求める市民たちは湧き立つ。ところが、ほどなくして全斗煥(チョン・ドゥファン)らがクーデターを起こし、軍部独裁体制は維持された。1980年5月、光州では、抗議の声をあげる市民たちが、軍による激しい弾圧を受けた」

 これを「光州事件」(5.18民主化運動)という。市民たちが160人以上犠牲になり、3000人以上が負傷したといわれる。韓国の国民は戒厳令と聞いた時、この悲惨な事件を思い出したに違いない。この事件は映画『光州5・18』『ソウルの春』『タクシー運転手 約束は海を越えて』などに描かれ、ノーベル文学賞を受賞したハン・ガンも『少年が来る』で描いている。

 では、なぜ、尹大統領はこのようなバカなことをしでかしたのか。

 尹は、今年8月から9月にかけて金容賢国防部長官ら軍部トップたちと密談を重ねていたといわれる。

 野党の「共に民主党」の李在明代表も戒厳令の準備を疑う発言をしていたそうだ。だが、宣布を決める国務会議では金長官が戒厳令の必要性について口火を切ったといわれているそうである。

 理由は何か? 韓国紙記者がこう語っている。

「やはり、金建希夫人(52)の存在が大きいでしょうね。尹大統領が当選した当初は“美しすぎるファーストレディ”として注目を集めましたが、次々と疑惑が出てくるため党内では、“金建希リスク”といわれていました」

 疑惑とは、民間会社の株価操作、高価な贈答品を受け取った見返りとして便宜供与を行ったというものや、不動産詐欺事件で有罪判決を受けた実母から利益供与を受けていた、学歴・経歴を改ざんしていたなどだといわれている。