――親子二代で都市伝説……。ちなみに「三島由紀夫」はペンネームで、本名は平岡公威なんですよね。
堀江 はい。母親は「きみたけ」ではなく、「こうい」とか「こーちゃん」と呼んでいたようですが、「こーちゃん」の本命は美智子さまだった、というんですね。
三島が市ヶ谷の自衛隊駐屯地に突入し、「聞けい、聞けい!」と叫んだものの、自衛隊員のヤジのほうがデカくて演説を断念、ハラキリ自害してしまったのが昭和45年(1970)11月25日です。
事件から「しばらくたった日」、三島家(平岡家)のご近所さんで、親しく付き合っていた女優・演出家の長岡輝子が、三島の母・倭文重を訪ね、三島さんはあんな最期だったけれど、「自分のなさりたいことはぜんぶ成し遂げて、それこそ藤原道長の歌じゃないけど、『望月』の本望がかなった方じゃありません?」と慰めたとき、倭文重は「あの子(=三島由紀夫)には、ふたつだけかなわなかったことがあります。ひとつはノーベル賞をもらえなかったことです。それと、もうひとつは結婚問題です」として、不成立の縁談があったといったらしいのです。
――それが美智子さまとのお見合いだと?
堀江 はい。「もし、美智子さんと出逢っていなければ、『豊饒の海』は書かなかったでしょうし、自決することもなかったでしょう」とも倭文重は断言していますね(高橋英郎『三島あるいは優雅なる復讐』)。
美智子さまへの思いをこじらせた作品が「春の雪」?
――美智子さまへの「失恋」が母親公認情報なのは驚きましたが、美智子さまに出会ったから自決したのは論理がまったくわからないんですけど……。
堀江 本当にそうですよね。『豊饒の海』とは、三島の遺作で、四篇からなる長編小説です。本当に自衛隊突入の直前に完成したこともあり、最後になればなるほど、筆致が珍しく荒れたり、乱れている印象があります。
それゆえ、第一篇『春の雪』が一番完成度も人気も高いといえる気はします。お話は、とある男性皇族との結婚が内定している華族令嬢・綾倉聡子と、彼女の幼なじみにあたる主人公・松枝清顕が不義密通の関係に陥って云々……という罪深いものです。