平安時代が舞台の大河のテーマ曲といえば、笙など神秘的な響きの雅楽器を起用してみるとか、あるいは普通にクラシックで使われる洋楽器を使っていても雅楽っぽくしてみるとか、そういうのが「常道」かな、とは思っていました。ですが、冒頭からラフマニノフ風の音楽をバーンとぶつけてきた時点で、『光る君へ』の本編もいろいろと通例どおりとはいかないのだろうと予測していました。
「史料にない部分は想像で埋める」というのが通例としたら、平安時代に生きた紫式部を知るための史料は多いとは言えず、例年の大河よりさらに創作的要素が強くなるはずと思ってはいたのですが、大石静先生は本当に質、量ともに限られた情報でさえも自分の描きたいストーリーに合致するように取捨選択し、自由に物語を構築していくという大胆な手法を取るようです。
たとえば紫式部――というか、ヒロインのまひろ(落井実結子さん)の母親・ちやは(国仲涼子さん)が藤原道兼(玉置玲央さん)に後ろから刺殺されてしまったラストに驚愕した読者も多いでしょう。紫式部の母は早くに亡くなったとされますが、こうした殺され方をしたとは史料には書かれていません。道兼にも記録上、殺人経歴はありませんが、1000年以上も前の話ですし、史料に書かれていないだけで実際にはあったかもしれないと推測することはできます。
また、まひろには弟がいるのに、姉はいないようです。姉も早い時期に亡くなったとされているのですが、女性との密接な関係を好んだといわれる紫式部にとって、慕っていた姉を失った心の痛手はとても大きかったと思われます。そして筑紫の君という年上の女性を姉に見立て、彼女もちょうどかわいがっていた妹を失った後だったので、2人は「仮想姉妹」となって(見ようによっては「百合姉妹」っぽく)交流し合ったという美しくも興味深い逸話があるわけです。