「興醒めした」という方は、おそらくご自身は性自認について悩みはないから、共感できなくなってしまって「佐々田のことを遠く感じた」ということなんだと思います。
◆「性別による役割」を押し付けられる違和感
――トランスジェンダーではなくても、思春期に女性っぽくなっていくことや、「女性としての役割」を押し付けられることに違和感を覚えたりすることに、共感する人は多いのではないでしょうか。
スタニング沢村:悩み方としては、重なるところはあると思います。日本は女性差別が結構強い国なので、女性は小さい頃から「女の子はこうしろ」と言われることが多いです。そのため、「自分が男の子だったらよかったのに」と思ったり、女性であることが嫌になったりすることがあると思います。
その理由が、トランスジェンダーだからなのか、女性差別やセクハラ被害に遭ったせいなのかはグラデーションになっていて、はっきりと分けるのが難しいと感じています。
◆執筆する上で意識していること
――執筆する上では、どんなことを意識しているのですか?
スタニング沢村:トランスジェンダーの子供達に届いてほしいということと、読み手の間口が広がるように描くこと、それをどう両立させるか常に葛藤しています。どれくらい「自分ごと」として想像してもらえる形で届けられるか悩んでいますね。
当事者ではない人にとって「自分ごと」ではないのは当たり前なのですが、「自分の友達の悩み」くらいの感じで捉えてもらえたらという思いもあって、「佐々田は友達」というタイトルを付けました。
――群像劇にした理由はあるのでしょうか。
スタニング沢村:エッセイ漫画は、本人視点を突き詰めることができるのですが、創作漫画では、本人の視点だけで伝えられることには限界があると思ったんです。友人からの視点を描くことができるので、群像劇にしたいと思いました。
登場人物の誰かに感情移入してもらえると、その人物の視点から佐々田のことを考えてもらえるかなと思っています。