宮崎駿監督は、日本初となるTVアニメ『鉄腕アトム』(フジテレビ系)の制作を安いギャラで引き受けた手塚治虫氏に対し、激しく怒っていたことは有名なエピソードです。宮崎駿監督らが1985年に立ち上げた「スタジオジブリ」は、アニメーターたちの給料もよく、福利厚生が整っていたことが知られています。宮崎駿監督は「スタジオジブリ」で働くアニメーターたちの待遇を向上させることで、多くのヒット作や名作を生み出してきました。
しかし、実際に「スタジオジブリ」で働けるのは、ごく限られた一流アニメーターだけです。小さなアニメスタジオで働く底辺のアニメーターたちは、今も月収5万~10万円というシビアな経済状況で暮らしています。
宮崎駿監督はかつて『未来少年コナン』(NHK総合)で三角塔の地下で暮らすスラム民や『天空の城ラピュタ』(86年)の鉱山で働く労働者たちを魅力的に描きましたが、国民的アニメ作家ともてはやされるようになっていくにつれ、『風立ちぬ』(13年)のようなエリート一家の物語になっていきます。戦前や終戦直後は貧しい庶民の暮らしを描いていた小津安二郎監督が、「名匠」と呼ばれるようになり、上流市民の暮らしをもっぱら描くようになったことを彷彿させます。
新海監督のような業界のトップランナーが、アニメーターたちの労働条件の改善について提言しないと、アニメ業界の将来はいつまでも暗いままです。逆にトップが口火を切ることで、新しい時代の扉を開けることにもつながるのではないでしょうか。
アニメ業界だけでなく、映画界も、日本という国全体も、「板一枚下は地獄」のようなギリギリの状況です。巨大ミミズがいつ出てきてもおかしくないと思いますよ。