この落ち方について岩田は「マトリックス落ち」と呼んでいる。9月27日の最終回放送に合わせて、Instagramのストーリー上にこの場面の撮影風景を投稿しているくらい、本人にとってはこの場面が花岡役のハイライトだったのだろう。でも筆者はマトリックスではなく、ヒッチコック的な古典落ちだと考えている。

 女性蔑視の考え方は寅子との対話の中で次第に変わり、むしろ彼女に恋心を抱くようになる。裁判官の試験に合格(寅子に電話で伝える場面が特に古典的佇まい!)してレストランで祝杯をあげる第7週第32回。二人きりの時間。花岡は地元・佐賀に一緒についてきてほしい。でも寅子にその気配がないことを知る。

 もう少しはっきり言えばいいのに。花岡は素直に言えない。でも素直な花岡は花岡ではない。帰り際、寅子に見せた後ろ姿で、右手をあばよとあげるしかない。花岡らしい頑なさの身振りが美しかった。

◆花岡役と符号する表情

 まるで自分の性格に忠誠を誓うかのような花岡が、第49回で、ベンチに座って寅子と弁当を食べる場面がある。大学卒業後、それぞれ法曹界で職を得て、彼らはたびたびそうやって外で昼食をともにしていた。

 久しぶりの再会。ヤミ米に手を出さずに耐える花岡の弁当は、小さな握り飯とさつま芋ひと欠片だけ。質素極まりない。寅子のほうは、闇市で買ったヤミ米を炊いた白米とつやっとした卵焼き。弁当の中身が全然違う。

 ろくに栄養を取らないから、元気がない。声色も弱々しく聞こえる。ひとときの昼食のあと、寅子は別れ際にチョコレートを半分渡す。花岡は最初受け取らないが、寅子から子どもたちにと言われて受け取る。

 花岡は「ありがとう、猪爪」と切ない表情で精一杯の力を込める。このときの岩田剛典の演技があまりに素晴らしい。花岡悟というキャラクターを出番の最後で完全につかんでいる。単なる表情の素晴らしさではなく、花岡役の性格とぴたりと符号する表情。岩田が、忘れがたい豊かさを残してくれた。