時代設定は産業革命の頃。パズーが暮らす炭鉱町は、英国のウェールズがモデルとなっています。スタジオジブリの設立で忙しい時期でしたが、高畑プロデューサーは雑用を引き受け、宮崎監督をロケハンのためにウェールズ旅行へと送り出しています。ジョン・フォード監督の『わが谷は緑なりき』(41年)の舞台になるなど、炭鉱業で知られるウェールズですが、ケルト文化の名残りを感じさせる土地でもあります。

 ケルト文化には、キリスト教が広まる以前の、いにしえの時代からの神々や精霊たちへの信仰心が息づいています。『天空の城ラピュタ』に漂う“もののあはれ”感は、衰退へと向かっていた炭鉱業やすでに滅んでしまったケルト文化などの影響を感じさせます。高畑プロデューサーに勧められてのウェールズ旅行は、宮崎アニメに大きな成果をもたらしたと言えるでしょう。

宮崎駿監督のしたたかな一面

 宮崎駿監督が天才的アニメーターであることは誰もが認めるところです。しかし、映画業界でヒットメーカーとしてサバイバルしていくためには、ただの聖人君子ではいられません。したたかな一面も持っています。『天空の城ラピュタ』の裏テーマともいえる「滅びの美学」ですが、その元になっているのはインドの古典的叙事詩『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』です。

 実は宮崎監督のところに、『ラーマーヤナ』をアニメ化しないかという依頼があったそうです。『ラーマーヤナ』は美しいシーター姫をめぐる争奪戦を描いた戦いの物語です。宮崎監督は脚本を読んだ上で、これを断っています。しかし、かつて地球には超高度な古代文明があったものの、超常兵器の使用で滅んでしまったというアイデアは、ちゃっかり『ラーマーヤナ』から引用しています。ムスカが口にする「インドラの矢」はその残滓のようです。

 その後、哲学者であり、スーパー歌舞伎の作者としても知られる梅原猛氏からも古代メソポタミアの英雄譚『ギルガメシュ』のアニメ化を打診されますが、宮崎監督はやはり断り、しばらくして『もののけ姫』(97年)をつくっています。『もののけ姫』の「森の神殺し」というテーマは、『ギルガメシュ』からのいただきです。