◆抗がん剤を拒み、代替療法を選んだ稔さん

『東京夫婦善哉』より
――身体の自由がきかなくなった稔さんの言葉で印象的なものがあります。「俺が悪いんだよ。俺の理解が届いてないの」。スキルス胃癌に対して主体性を持たせる発言です。稔さんの病気との向き合い方を見つめ続けてどうでしたか?

馬場:スキルス胃がんの小冊子を取り寄せて、読み込みました。それを夫婦に渡しても全然読んでくれない。「気功家としての生き様に反する」と言って抗がん剤を嫌った稔さんは、植物由来のサプリメントや玄米食による代替療法を選びましたが、あれじゃ効かないよなと思っていました。

藤澤:抗がん剤を飲んで、あと2年でも3年でも生きてもらいたかったです。友人としてそう願うのは当たり前ですから、カメラを向けながら、抗がん剤治療を何度も勧めました。

しかし稔さんには稔さんの信念があります。抗がん剤で延命するのではなく、生きることの挑戦がそこにはあったんだと思います。長生きをするのではなく、“生きる”んだと。

馬場:砂糖ダメ、油ダメ、動物性タンパク質ダメ、卵ダメ。玄米中心の生活をずっと続けていたんですが、亡くなる1週間くらい前から、急に何でも食べようという気持ちになったんです。

映画にも登場する、稔さんの飲み友達であり、代替医学で有名な帯津良一医師に「何でも食べなさい」と言われると、弥生さんの友達の旦那さんが、西東京から世田谷まで自転車を走らせて、紀伊國屋のステーキを持ってきてくれました。

稔さんは、それを半分くらい食べてその夜、倒れました。食べたい物を食べる。弥生さんは救われた気持ちになったと思います。カメラを回せなかったエピソードです。