それにしても、第39回のハイライトと言えたのは「太閤殿下」こと秀吉の死でした。このドラマにおいて、松本潤さん演じる家康は「清く正しく美しく」という宝塚の標語のような存在であるのに対し、ムロさんの秀吉はその真逆であり続けました。どこか得体の知れないムロ版秀吉は病床においても、合議制を提案する石田三成(中村七之助さん)に対しては「望みはひとえに世の安寧、民の幸せ」と殊勝なことを言ったかと思うと、家康に対しては「世の安寧など知ったことか」と吐き捨て、「な~んもかんも放り投げて、わしはくたばる。あとはおめえがどうにかせえ」と笑ったり、秀吉の死後は三成を支えていくという家康を「白兎が狸になったか」と疑う一方、家康から「(信長亡き後)天下を引き継いだのはそなたである。まことに見事であった」と言われると、「すまんのう。うまくやりなされや」と後を託してみたり……。家康が「ブレない」のに対し、つかみどころのない秀吉は一貫して「ブレ続ける」のです。
ムロ版秀吉は死に際の演技も圧巻でしたが、茶々(北川景子さん)との対峙も興味深かったですね。末期の秀吉に茶々が「秀頼はあなたの子だとお思い?」と告げるシーンが予告で流れた際には「秀頼は秀吉の実子ではない説」が取り上げられるのかと話題になっていましたが、実際には彼女のセリフは「秀頼はこの私の子。天下は渡さぬ」と続きました。「あとは私に任せよ。猿」と、女性ながらに「天下人」の継承宣言をしたのには驚かされましたね。
茶々の宣言に秀吉はニヤッと笑ってそのまま事切れたのですが、ドラマのチーフ演出の村橋直樹監督は、秀吉の最期の笑顔について「ムロ秀吉はなんと、笑うのです。茶々という戦国の怪物の誕生を寿(ことほ)ぐように」とコメントしており、「女天下人」茶々の誕生を祝福したかのような笑みだったと振り返っています。個人的には、猫を被っていた茶々の本音を聞いた秀吉が「やっぱりおまえさんはそういう女じゃ」「それでええんじゃ」とニヤリとしたように見えました。
茶々は病床の秀吉に「まだこんなに秀頼は小さいのに、死ぬなんて役立たず」といわんがばかりの冷たい眼差しを送るばかりでしたが、本当に最期ともなれば、二人もの子どもを成した仲である秀吉の死に思わぬ感情が沸き起こったのでしょう、「猿」と言葉では見下していた秀吉がついに動かなくなると、彼女は秀吉を抱き寄せ、その目には大粒の涙が浮かんでいました。この茶々の涙が脚本にあったものか、もしくは茶々を演じる北川景子さんの中で思わぬ感情として沸き起こった結果なのかはともかく、伝説的な名シーンに仕上がっていたと思います。