ジブリの運命を決めた宮崎駿監督の怒り

 実は宮崎駿監督がアニメ版『耳をすませば』を企画した経緯も、問題を抱えていました。高畑勲監督が『おもひでぽろぽろ』(91年)、宮崎駿監督が『紅の豚』(92年)をそれぞれヒットさせ、両巨匠のために作られたスタジオジブリは、やりきった感が漂っていた時期です。そんな折に、ジブリの若手スタッフによって制作されたのが、1993年に放映された氷室冴子原作の青春アニメ『海がきこえる』(日本テレビ系)でした。

「宮崎・高畑には絶対作れない作品」という鈴木敏夫プロデューサーの触れ込みで完成した『海がきこえる』ですが、この作品にはノータッチだった宮崎駿監督は認めませんでした。『海がきこえる』のヒロインとなる高校生の武藤里伽子は、同級生の杜崎拓に向かって「わたし、生理初日が重いの」と口にする非常に生々しいしい女性キャラクターです。宮崎駿作品に登場する『風の谷のナウシカ』(84年)のナウシカ、『天空の城ラピュタ』(86年)のシータのような「清純かつ、母親のように優しい理想的な」少女とは真逆のキャラだったのです。

 宮崎駿監督が「作品は『こうある』を描くんじゃない、『こうあるべき』を描くんだ!」と激怒したことが知られています。若手スタッフが制作した『海がきこえる』へのアンチテーゼとして企画されたのが、アニメ版『耳をすませば』でした。

 アニメ版『耳をすませば』を観た社会学者の宮台真司氏は、宮崎駿監督との対談の際に「『海がきこえる』のほうがずっと面白い、『耳をすませば』に感激するのは、小学校低学年以下とジジババだけではないか」と言ったところ、宮崎監督はまたしても激怒したそうです。当然と言えば当然ですが、その後、鈴木プロデューサーらが間に入り、対談が無事に済んだことにも驚きを覚えます。