◆お笑いへの道の途中に社交ダンスがあった

キンタロー。さん
本当なら、高校を卒業したらそのままお笑いに飛び込んでいきたかった……しかし、お笑い芸人は「一握りの人間がなるもの」という意識が強かったこともあり、大学進学を決意します。ただ、どういった道を歩むのかはキンタロー。さん自身も迷っていました。

「海外の大学に行ってみたい、美術も好きだから美大に行きたい……でもこれは親に反対されましたね。『あんたは画家になるのかい?』『高校で海外にホームステイ行かせたのは何のためだったの?』『あんたは何考えてんだ』って泣かれて。確かに親の言うことは間違っていないと思ったので、外大に絞りました。で、やっぱりお笑いの都と言えば大阪だから大阪で探そう、大学の間にお笑いの地頭とか、根を張ろう、と」

ただ、キンタロー。さんにとって、大学はお笑いの道に進むための通過点。芸人になりたいのに英語の大学に通うのでは整合性がない……なら部活で補おうと考え、そこで出会ったのが競技ダンス部でした。

「踊ってするんですけど、顔がすごくよかったんですよ。ハッ!ともうときめいちゃいました、なんだこの顔!って。この顔で踊らなきゃいけない競技、素敵だな、と思って入部を決めました。

芸の肥やしになるもの、芸事に近いこと、と思って探していたので、お笑い研究部があれば絶対にそっちに入っていたと思います。でもなかったから、フラメンコ部とか、チアリーダー部とか、あとアナウンサー部。でも、だいたいの部活は週5だったからだるいな、と思って。競技ダンス部は週2だし、おもしろい顔するし、完璧やん!って。まあ蓋を開けてみたら週5だったんですけどね(笑)」