◆本作最恐の存在感

 戦中に歌を歌うということは現在では考えられないほどの緊張感がある。歌手たちは常に軍部の監視下にあるからだ。りつ子のような反骨の歌い手ならなおさらのこと。

 青森出身の淡谷自身はそうした強情な態度を津軽方言の “からきじ”と呼んだ。あの必殺フレーズは、まさにからきじの覚悟を物語っている。

 りつ子の登場回で最大の見せ場となったのが、第14週第66回だった。りつ子の姿は鹿児島の海軍基地にあった。特攻隊員へ向けた慰問公演。「皆さんのお望みの歌を」と問いかけたりつ子に対して、隊員たちは口々に「別れのブルース」をリクエストする。

 日本独自のブルース調とはいえ、アメリカ伝統のルーツ音楽を歌うことはご法度。特攻隊員の覚悟に対するせめてものからきじの覚悟を表明したのだ。

「特攻隊のときだけは、わたし初めて舞台の上で泣きました」(「歌に恋して85年」1992年放送)と淡谷は言っている。

 ドラマ内では、歌い切り、静まり返った舞台袖でりつ子は泣き崩れる。菊地凛子の名演あってのこの名場面。

 絶対的に過酷な現実に対して物語の中で淡谷のりこの涙を再現する菊地こそ、本作最恐の存在感だったと思う。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu