【第10週】沢村一樹演じるライアンの知られざる史実

 戦前日本には華族制度が存在しましたが、欧米的な意味で一枚岩としてまとまった「上流社会」などは存在しなかったとよくいわれます。それはつまり、われわれが想像する以上の多様性が日本の華族社会にはあったということなのですね。

 華族の男性の職業といえば、宮内省(当時)を中心とした省庁勤務か、学者、あるいは電通や日本郵船などに一部の特別な会社に勤めるか、軍人になるケースが多かったようです。

 それに対し、ドラマの久藤頼安のモデルである内藤頼博(内藤子爵家出身)は戦前から裁判所に勤めていたという点で、やや型破りな存在で、実際に「殿様判事」という異名もありました。

 史実の内藤も高身長で二枚目だったので、女性からはモテモテだったそうですが、お酒が飲めず、夜のお付き合いもあまりなかったので、女性問題からは守られていたとか……。

 史実の内藤もアメリカ(など)の外国の司法制度にくわしく、戦後はリベラルな裁判官として、司法界の保守的な体質と戦った存在です。ただ、それがわざわいし、優秀だったにもかかわらず、最高裁判事に任命されることはないまま定年を迎えました。

 裁判所を退職した内藤は教育界に転じ、1987年から93年までは第22代学習院院長を務めたことで知られます(つまり秋篠宮さまや、紀子さまが在学中の学習院のトップでもあった人物です)。歴史は本当に多様な広がりを見せるものです。

全文はこちら▼