◆改めて読み返したい、芦原先生の珠玉の作品
愛おしいキャラクターたちがリアリティをもって物語のなかで生きている。心に響くセリフが散りばめられた珠玉の物語は、『セクシー田中さん』だけではありません。
●四季を重ねながら綴られる初恋『砂時計』
両親の離婚をきっかけに母親の実家・島根に越してくる主人公の杏(あん)。そこで出会った幼なじみ・大悟(だいご)との物語である『砂時計』(小学館刊)は、映画・ドラマ化された大ヒット作品です。
年齢と四季の移ろいを重ねながら描かれる恋模様は、美しくも切ない。一見すると気が強く明るい杏ですが、12歳で母親を自死で亡くしており、どこか不安定。そんな弱さを抱えながら、周囲の人たちと共に前へ前へと進もうとする杏の姿には、胸が熱くなります。自分の指針が揺らぎそうなとき。自分に自信をなくしたとき。何度もこの作品に救われました。
●ミステリー小説のような『Piece』
ドラマ化もされた『Piece』(小学館刊)も推したい作品です。主人公・水帆(みずほ)は、19歳の若さで病死した高校の同級生・はるかが妊娠していた事実を知らされます。はるかの母親に頼まれ、元交際相手を探すことにした水帆。自分が高校時代に想いを寄せていた成海皓(なるみ・ひかる)をはじめ、関係者たちと対峙していきます。
調査対象となるはるかの生きた道は、決して奇抜なものではありません。けれど、徐々に彼女の真実が紐解かれていくストーリーは、ミステリー小説のような手に汗握る展開で惹きつけられます。そこに、自分自身の「心」と向き合わざるを得なくなった水帆の成長が重なり合って、涙なくしては読めません。
●結婚や幸せのカタチを模索『Bread&Butter』
人生に迷ったときに読みたいのは『Bread&Butter(ブレッドアンドバター)』(集英社刊)。あるトラブルをきっかけに小学校教師を辞職し、婚活をはじめた34歳の主人公・柚季(ゆずき)と、小さなパン屋を営む、元売れっ子漫画家である39歳の洋一の人生を描いています。柚季から洋一への突然のプロポーズから、ふたりの物語はスタート。パンを焼くこと、食べること、働くことを通して、自分自身と相手、そして周囲の人たちと、心を通わせていきます。
結婚や幸せのカタチを模索していくふたりの姿から、「自分は何を大切に生きていきたいのか」を、読者自身が問われるような作品です。人間関係に行き詰まったときや、自分の未来が見えなくなったとき。そっと寄り添ってくれることでしょう。
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他にも競馬の騎手を目指す少女が主人公の『Derby Queen(ダービー・クイーン)』(小学館刊)や、主人公が祖父の遺した不倫小説に自身を投影する『月と湖』(同)など、芦原先生の名作は数多くあります。
登場人物たちの愛おしい人生が描かれたそれぞれの作品は、いつまでも私たちの心を支えてくれるかけがえのない宝物です。
<文/鈴木まこと(tricle.ltd)>
【鈴木まこと】
tricle.ltd所属。雑誌編集プロダクション、広告制作会社勤務を経て、編集者/ライター/広告ディレクターとして活動。日本のドラマ・映画をこよなく愛し、年間ドラマ50本、映画30本以上を鑑賞。Twitter:@makoto12130201