しかし、西郡局は督姫以外に家康の子を産んでおらず、『以貴小伝』には短い記述があるものの、彼女の情報がすべてカットされている史料もあり、彼女について明確に伝えている情報は今日まで出てきていません。ですから、第10回のあらすじにある「家康はお葉と一夜を過ごすことになるが、お葉は思わぬ行動に出る!」の「思わぬ行動」がどういうものなのか、筆者は見当もつきません。おそらく、脚本の古沢良太氏が想像力を駆使して何か仕掛けてくるのでは……と考えるしかないのですね。

 西郡局については、他の有名な側室たちのように際立ったエピソードがあるわけでもないため、家康との「夫婦仲」も淡白だったのかと思いきや、実はそういうわけでもないようです。

 西郡局の伝記によると、天正18年(1590年)に家康が江戸城に移ると彼女もそれに付き従っていますし、慶長11年(1606年)、京都・伏見城で彼女が急死した(ちなみに同日、その縁者で、ドラマでは杉野遥亮さん演じる榊原康政も急死)という記述からは、やはり家康と共に西郡局が江戸から京都まで移動していたのであろうことがうかがえます。つまり、側室たちの中でも最古参の西郡局は、家康からも気心の知れた、信頼できる存在として重宝されていたのではないかと思われます。『源氏物語』における光源氏の妻たちの中でいえば、花散里みたいな立ち位置だったのではないでしょうか。

 別居していても、家康の正室であるという意識は持ち続けた築山殿が、夫に次々と側室ができていくことに嫉妬を募らせ、家康と関係のある侍女を折檻したという有名な逸話があります。これが史実をベースとしているのか、後の世の完全な創作かはわかりませんが、いずれにせよその話に西郡局の名前は出てこないことを考えると、どちらにしても目立つ存在ではなかったのでしょう。ただ、意識して自分を抑え、目立たないように振る舞い続けたとすれば、なかなか手ごわい女性だとも思います。史実どおりであれば意外に長い期間の登場になると想像される西郡局=お葉ですが、ドラマではどのように描かれるのか、楽しみですね。