『K.G.F』ポイント②
「歌って踊る」ではなく、音楽がとりわけ重要な理由

 インド映画において音楽は需要な要素のひとつではあるが、今作においては、いわゆる“インド映画っぽい”とされている「歌って踊る」という意味からではない。

 インド映画だけに限らず、映画の予告編では、画力を高めるための重要な要素として音楽が機能しているわけだが、今作は全編が予告編のようになっているということもあって、全体的に音楽の重要性というのが、ほかの作品に比べてもかなり高いのだ。

 テルグ映画音楽界では、力強くて重いラヴィ・バスルールの音楽をベースに、サントシュ・ヴェンキーやサチン・バスラー、アナンヤ・バットといった、カンナダ語映画には欠かせないシンガーたちが多数参加している。

『K.G.F:Chapter 2』では、アルン・サーガルの娘としても知られるアディティ・サーガルがラップを披露する曲『The Monster Song』は、リリースと同時に人気を博した。

 またプラシャーントは、1970年代のヒンディー語映画へのリスペクトも強く、タマンナーがアイテム・ガール(ダンスシーンのみにしか登場しない俳優)として登場する『Jokae』は、70年代のエキゾチックなプレイバックシンガー、おそらくアシャ・ボスレやラタ・マンゲシュカルあたりを意識したものとなっており、そこに現代的なサウンドも組み合わせていることで、より中毒性の強い曲に仕上げている。このシーンをスクリーンで観るためだけでも劇場に行くのもアリだ(筆者は実際にそうしようと思っている)。