ところで、日本ボクシング連盟前会長の山根明が1月31日、肺がんのため84歳で死去した。新潮は、唯一の実子である昌守(59 )に「親父の真実」を聞いたそうである。

 ボクシング一筋にやってきて連盟会長にまでなったが、6年前、日本ボクシング連盟における助成金の不正流用や身びいき審判などの疑惑が、山根にかけられた。

 突如としてバッシングの嵐が吹きつけた中、山根は会長と理事を辞任した。

「たしかに、助成金の不正流用はやってはいけないことでした。とはいえ、オヤジが目をかけていた3番手の選手にもカネが分配されるように、親心でやったこと。決して私腹を肥やしていたわけではありませんでした」(昌守)

 しかし、それまでは山根を慕い、すり寄ってきていた人間たちが離れていったのだろう。中でも許しがたいのは、2012年ロンドン五輪で金メダルを獲った村田亮太(38)だという。

「ボクシング界は裏の政治的な根回しが重要。世界の山根がいて、海外の重鎮に顔が利いたからこそ、村田選手が五輪を制し、金メダルを取れたのです」(同)

 山根は常に、選手はリングで、役員はリングの外で力を発揮するんやといっていたという。

 しかし、村田選手は山根騒動が起きると、暗に山根を指し、「潔く辞めましょう、悪しき古き人間達」とSNSで呟いたという。

「村田選手はロンドン五輪後、プロ転向をめぐって連盟側とひと悶着あった際も私たちに向かって、金メダルは“自分一人の力で獲ったと思っています”と言い放ちました。チキンハートと呼ばれていた頃から、辛抱強く面倒を見ていたのに、あんな恩知らずな人間を他には知りません」(同)

 選手生活を終えて引退した村田は、こうした声をどう聞くのだろう。