夢舞台である『M-1』決勝当日のエピソードを描いた「僕の血は鉄の味がする」でも、伊藤は国崎に対して心から感謝を述べるような節はまったくない。「国崎くんに連れてきてもらった」「あの人こそ天才で、僕はあの人のおかげで夢にたどり着いた」などと言ってもよさそうなシチュエーションだが、それをあえて書き連ねるような野暮な真似をしたくないのか、あるいは国崎のことを勝手に書くという作業に遠慮があるのか、本当に別に感謝をしていないのか、そこらへんは判然としないものの、とにかく本書における伊藤の国崎への温度は驚くほど低い。

 だからこそ、伊藤の国崎への通底した思いを見た気がした。伊藤はおそらく、言うまでもないと思っている。伊藤が言うまでもないのだ。

 国崎くんのことは、みんなが勝手に見ててよ。ね、面白いでしょ?

 本を閉じたとき、私は伊藤と手をつないでいた。手をつないで、国崎という才能の一挙手一投足をいつまでも見ていたいと思った。

(文=新越谷ノリヲ)