安すぎるキー局のギャラ……ジャニーズ記事3連発

 ここからはジャニーズ事務所3連発。

 まずは、ジャニーズ事務所の社長になった東山紀之と亡くなった女優・森光子との「年の差を超えた愛の真実」を追った文春の記事。

 もうだいぶ前のことになる。麻布十番に「クッチーナ・ヒラタ」というイタリアンの名店があった。今もあるかもしれないが代替わりしている。

 小さな店だが、料理人の主人とテーブルを回る素敵なママが評判だった。

 某夜、入口右側にある大テーブルはにぎわっていた。メリー喜多川、森光子、木村拓哉、東山紀之がいて華やぎは私にも伝わってきた。

 しばらくすると、ドアが開いて背は高くないが俊敏そうな若者が入ってきた。「中田といいますが、木村拓哉さんはいらっしゃいますか」とはっきりした口調でママに聞いた。

 サッカーの中田英寿だった。今のようにスマホがあれば、どんなことをしても撮っておきたい豪華な一夜だった。

 もちろん、ママからは、「元木さん、動かないでね」とくぎを刺されたのだが。

 当時、森は70を超えた頃で、東山は20代半ばだから、羽生どころではない年の差恋愛である。

 文春によると、イギリス屈指の名門ホテル「ザ・ランガム・ロンドン」が営業再開した1991年頃、メリー喜多川が「どうしても泊まりたい」といい出し、メリーが慕う森光子と東山を連れて、ロンドンからフィレンツェへと至る旅行に繰り出したという。

 ホテルでは2部屋しかとらず、森と東山は「同衾」したというのである。同衾とは男女が一緒に寝ることだから、当然、“夜の行為”も含まれるかもしれない。

「スイートは一泊三、四十万円したそうですが、もちろんメリーさんがケチったわけではありませんよ。実際、金に糸目をつけない大名旅行だったそうで、移動はリムジン。そこで二泊ほど滞在すると、飛行機でフィレンツェへ移ったのですが、空港でのチェックインを旅行会社のスタッフに代わりにやらせようと無茶を言ったりしたそうです」(メリーの知人)

 記者会見で森との「仲」を聞かれ、母のような存在と説明した東山。だが、裏の顔は嘘に塗れていたと文春は断じる。

「陰ではババァ呼ばわり。『今日、ババアの誕生日なんだけどさ、これでいいかな?』とプレゼントの相談をされたこともあります。森さんを利用していただけでしょう」(東山の知人)

 では、本当に東山はジャニー喜多川のお稚児さんではなかったのか? こんな東山のジャニー喜多川についての言葉もあったという。

「ヒゲを剃らないといけないんだよ。ジャニーさんはヒゲがあるのをすごく嫌うんだ」
 意味深な一言ではある。