ところで、ジャニー喜多川から性的被害を受けていたジャニーJr.はすごい数になるようだ。その一人が関西ジャニーJr.として活動していた長渡康二(40)。SMAPに憧れ、1996年に履歴書を送り、約三か月後にジャニー喜多川から電話があったという。レッスンに通い出して二ケ月ほどが経ち、レッスンが遅くなって家に帰れなくなったため、ジャニー喜多川に電話をすると、「タクシーでここへ来な」といわれたという。そこでお決まりの性行為が始まったというのだ。長渡は当時12歳。
その後、テレビの仕事があったため、六本木のホテルに泊まっていると、ジャニー喜多川が牛丼を持って部屋に入ってきた。口腔性交をされているときに、気持ち悪くなり逃げ出したそうだ。ホテルのスリッパをはいたまま、横浜まで泣きながら歩いたという。それをきっかけに事務所を辞めた。
ジャニー喜多川は当時60代後半。間違いなく、彼は、姉のメリー喜多川がいっていたように「病気」だった。だが、それを知っていて、隠していたため多くの犠牲者が出てしまった。姉も“同罪”である。
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