さて、大谷翔平が野球人生最大のピンチを迎えている。「右肘靭帯の損傷」により今季中に投手として登板しないと発表された。それから約2週間が経つが、大谷は指名打者として活躍を続け、「三冠王」も射程圏内に入る。だが一部報道では、シーズンが終わる前にトミー・ジョン手術をするのではないかといわれているが、心配である。

 

 私は、BSNHKで大谷翔平の試合はほとんど見ている。右肘の損傷が明るみに出て以来、テレビで見る限りだが、大谷のスイングが鈍くなっているようだ。右肘をかばっているのだろうか。そこそこの当たりはあるが、フェンス越えというものはなくなってきている。大谷クラスなら、ヒットを打つぐらいはそう難しいことではないだろうが、残り試合を考えて、50本の大台に乗せるのには疑問符が付き始めた。

 週刊誌もスポーツ紙も、大谷は悪くない、球団のやり方に間違いがあったからだという論調が大半を占めている。今週の新潮は「誰が大谷を壊したのか」、文春は「大谷を壊したエンゼルスの無責任」と報じている。いつもなら必ず出てくる「自己責任論」は皆無である。

 だが、こうしたアクシデントはWBCに出場する時から囁かれていたはずである。WBCに出た選手は、そのシーズンであまり活躍できないといわれていた。それが証拠に、ヤクルトの村上が苦しんでいる。だが、大谷はシーズンが始まるとホームランを量産し、投げては、弱小球団のために打線の援護が少ないにもかかわらず、10勝も挙げている。

 だが、大谷が孤軍奮闘してもチームは負け続け、顔には出さないが「無力感」があったはずである。好調なチームなら少しは休んでも見ていられるが、またまた負けたのエンゼルスでは、自分が休むわけにはいかない。そんな使命感があり、少し腕に違和感があっても、投げ続け、打ち続けたのだろう。

 だが、彼の野球人生はこれからも続くのだ。「少しは休め」と監督がいってくれたとしても、腹の底では休まれては困ると思っていることが見え見えだった。使命感、周囲の無責任体制、大谷の自己管理不足などが、大谷を故障させてしまったのだろう。

 新潮は、この故障で大谷翔平の価値は半減したといっているが、大谷は金銭にはこだわらない性格のようだから、そんなことはどうでもいいだろう。だが、困ったことに、大谷は打者部門で三冠王の可能性が出てきてしまった。ホームランは当確、打点もかなりいい線をいっている。首位打者というのが難関だが、大谷がヒットでいいと割り切れば、かなりいいところまでいくのではないか。大谷は日米の野球史上に残る選手である。早いケガからの回復を祈りたい。