所属先を失った澤は、引退することも検討したという。だが、思い留まらせたのは他ならぬ当時の恋人であった。
サッカー選手を引退し、結婚することも考えました。家庭に入って彼を支えるのもいいかなって。けれど、お互いの話し合いの中で、彼はこう言いました。
「ここでサッカーをやめたら、きっと後悔するよ」
その言葉は、私の心に響きました。
もし、「穂希、もうサッカーはやめて、結婚しよう」と言われていたら、私もそう考えたかもしれません。本当に自分でも、どうしようかと毎晩悩み抜きました。でも、悩んでいるということは私自身もまだサッカーをやり尽くしたとは思っていなかったということ。2人だけで真剣に話している時に彼からの言葉を聞いて、私の心の中で、サッカー人生に悔いを残したくないという気持ちが動かなくなりました。(P126)
彼の説得がなければ、後のバロンドーラーは早々に引退していたかもしれないのだ。リーグ消滅後、澤は現役を続けるために、アメリカからの帰国を余儀なくされる。
翌年の2004年シーズン、私は6年ぶりに、自分を育ててくれた古巣の日テレ・ベレーザに復帰しました。そうして離ればなれになった彼とは、話し合いの結果、別れることにしました。(P127)
アメリカ女子サッカー代表が男女平等賃金支払いを求めた“Equal Pay”ムーブメントも記憶に新しいが、もしも澤が2003年時点で男子選手と同等の給与をもらっていたら「結婚して彼が澤穂希を支える」という選択肢もあったのだ。幸い、澤は現役を続行したが、彼女が現役を退いていたらもしかしたら日本のW杯優勝も五輪銀メダル獲得も無かったかもしれない。優れた才能を失わないためにも、そして望まぬ別離を強いないためにも、あらゆるジャンルで“Equal Pay”は引き続き標榜されるべきだと思う。