舞台で見せる芸だけが、芸人の芸ではない

 こんな幸せな関係がいつまでも続けばいいのにと思う。だが、小柳師匠が体調を崩し、舞台に上がってわずか数分で退場してしまうという不測の事態が起きてしまう。その後すぐに病に倒れ、小柳師匠は愛知にある自宅に引きこもることに。

川上「愛知で暮らしている実の娘さんの家で、小柳師匠は療養することになりました。小柳師匠は旅回りをされていた頃、自宅に戻るのは年に数回程度だったと聞いています。娘さんは思春期もひとりぼっちで過ごし、母親に対する憧れと同時に寂しい想いも抱えていらした。本当は小柳師匠がもっと元気なうちに引退してもらい、一緒に温泉など巡って、親子らしい時間を過ごしたかったそうです。でも、小柳師匠は最後の最後まで舞台に上がりたかった。芸人を親に持つのは大変なことだなと感じました」

 ベッドで寝たきり状態となった小柳師匠のもとに、小そめが見舞いに訪れる。寄席に出られなくなった師匠に会うのも、つらそうだ。それでも師匠を励まそうと、カセットテープを再生する小そめ。流れてくるのは、小柳師匠の全盛期の一席を録音したもの。それまで布団の中で固まっていた小柳師匠が、ラジカセから流れてくる自分の節に合わせて体をくねらせ始めたことが分かる。観る人によっては、芸人としての生きざまが感じられる感動的なシーンにも、芸人の老いた姿を記録したシビアなシーンにも感じられるだろう。

川上「ベッドで横になっている小柳師匠にカメラを向けるつもりはなかったのですが、カセットテープの音に反応して小柳師匠の体が動き始め、師匠の体に浪曲が蘇ったことが感じられて、カメラを回したんです。窓から射す陽の光と、ラジカセから流れるエコーのかかった曲と相まって、私にはとても神々しい瞬間に感じられました。芸人さんの中には、舞台で見せる芸だけが芸ではなく、生きていること自体も芸であるように感じられる方がいると、私は思うんです。一瞬の芸の輝きには長く体に染み込ませた芸のエッセンスが詰まっていて、とても美しかった。小柳師匠が小そめさんに見せてくれた最後の舞台だったのではないかと思っています」

 2018年5月、五代目港家小柳は亡くなった。佐賀県出身、1945年に14歳で浪曲の世界に入ったことは分かっているが、はっきりした生年月日は不明なままだった。ここから『絶唱浪曲ストーリー』は第二部へと突入する。