客席をエネルギーの渦に巻き込む師匠の至芸

 港家小柳が初めて独演会を開いた様子を追った33分間のドキュメンタリー作品『港家小柳IN-TUNE』(15)に続き、8年がかりで本作を完成させたのが川上アチカ監督だ。小柳師匠に出会うまでは、浪曲を知らなかったという。浪曲の何が、川上監督を魅了したのだろうか。

川上「落語は聞いたことがあるかなくらいで、寄席演芸についてはまったくのビギナーだったんです。詩人で歌手の友川カズキさんのファンの方に勧められて港家小柳師匠を初めて聞きに行ったことで、浪曲を知りました。小そめさんとまったく同じ印象を受けたのですが、『今の日本にこんな人がいたんだ!?』という驚きでした。いい意味で妖怪っぽい存在に感じられたんです。小そめさんが小柳師匠が居候する祐子師匠のお宅に通っていらしたので、私もお稽古を撮影させていただくためにカメラを持ってお邪魔するようになったんです」

 浪曲の魅力を、川上監督はラップの世界に例えて説明してくれた。

川上「浪曲は門付芸をルーツに持ち、大道芸から始まったと言われています。ストリートの文化ですよね。ある種の野蛮さも感じさせます。浪曲は戦後に大ブームがあったわけですが、ラップの世界でマイクひとつで成り上がろうとするのに似たものを感じます。浪曲は“一人一節”といって、自分だけの独特の節を身につければ、お客を集めることができたそうです。ラッパーたちが自分のフロウを生み出すのと同じような感覚でしょうか。特に小柳師匠はバラシがすごいと言われていました。浪曲では構成上の序破急の急の部分をバラシと呼ぶそうなんですが、物語のクライマックスで、小柳師匠が放つ“啖呵”と呼ばれる台詞と、節との畳み掛けはすさまじくて、客席までエネルギーの渦に巻き込まれるような感覚でした」

 ラップがストリートカルチャーから生まれたように、浪曲も生きづらい時代に脚光を浴びる芸能なのかもしれない。