戦後の全盛期には3000人いた浪曲師だが、今では100人程度に減ってしまった。それでも、浅草の「木馬亭」で毎月1日から7日の1週間にわたって開かれる定席には熱心なファンが集まり、明治時代初期から始まったとされる伝統的話芸の歴史が今も育まれている。演目は親子の情愛や親分子分の関係を描いた義理人情ものが多いようだ。

 2013年、そんな浪曲の世界に小そめは飛び込んでいった。女子美術短期大学卒業後はチンドン屋をしていたことから、声質がよく、愛嬌もある。小そめが師匠として仰ぐのは、14歳で弟子入りし、18歳で座長となって旅回りをしてきた港家小柳。小さい体ながら、小柳師匠が体を絞るように発する“節”は、寄席全体を支配するパワーに満ちている。小柳師匠の芸にぞっこんとなり、弟子入りした小そめだった。

 浪曲師には、三味線で伴奏する曲師が欠かせない。小柳師匠につく曲師の1人が、2022年で100歳を迎えた玉川祐子師匠。愛知に自宅のある小柳師匠は、東京での寄席の際にはいつも祐子師匠が暮らす赤羽の団地に泊まる。祐子師匠の団地に小そめも通い、稽古をつけてもらう。

 稽古がひと段落すると、人生の大ベテランたちのガールズトークが花開く。芸はすごいが生活能力は頼りない小柳師匠、そんな小柳師匠を巧みにフォローする祐子師匠。生きた伝説のような2人の会話に、楽しげに耳を傾ける小そめ。伝統芸を継承する厳しさだけでなく、古き良き時代が残してきたものすべてをカメラは記録しようとする。

 小そめの本音もつぶやかれる。昔ながらのチンドン屋の世界で生きてきた彼女にとって、現代社会は息苦しいものだった。そんな中で見つけたのが、小柳師匠たちがいる浪曲の世界。スクリーンを観ている我々も、昭和時代にタイムスリップしたかのような不思議な感覚に陥る。