もはや、ルールはあってないようなものである。というか、ここでは浜口がルールである。そんな彼女が齊藤やヒコロヒーを翻弄していくさまが面白かった。
スポーツ界出身で、バラエティ番組にも積極的に出演するタレントにしばしば見受けられるのが、彼ら彼女らが想定しているのであろう面白いバラエティ番組のイメージに、技量が追いついていないパターンだ。もちろんその奮闘ぶりは理解する。がんばりも認める。けれど、うまくいってなさが目についてしまうのも確かだ。うまくいっていないから、がんばっているように見えてしまう。
一方、浜口は自身がイメージする面白いバラエティ番組を、ほぼ完璧に遂行できているはずだ。ただ、彼女の頭のなかにある面白いバラエティ番組のイメージは、少し変わっているのだと思う。
だとしたら、浜口が周囲を楽しませ、私たちがそれを見て笑うとき、ここにはある意味で幸福なすれ違いがある。浜口は笑ってほしいと思っている。そのミッションをほぼイメージ通りに完遂できている。それを受け取る私たちは、実際に笑う。けれど、本当は最初からズレているのだ。そして、自分は完璧にできているはずなのに周囲のリアクションが想定とは少し違う、そこに微かに疑問を感じている様子の浜口に、愛おしさを伴った面白さを私たちはさらに感じてしまう。
では、浜口が考える面白いバラエティ番組のイメージの全貌はどうなっているのだろう。――と次なる疑問が出てくるわけだが、そこは触れないほうがいいかもしれない。謎のままにしておいたほうがいいかもしれない。そこに踏み込むのは、あまり素敵じゃない。