詳しくは書かないが、湊は自分の中に起こる「ある変化」を巡って自分は怪物なのではと思い悩む。保利は湊の部屋(彼はそこにはいないのだが)に向かって「おかしくなんかないんだよ」と叫ぶ。

 湊、依里が思い悩むことについては本来、周囲の家族、大人が思いやったり、答えを出してあげられたらいいのに、二人を取り巻く家族と社会はあまりに無力で、そのくせ二人のためになろうとして、余計に事態を悪化させる。

 思えば是枝監督はこれまでの映画で、様々な「家族」の形を描いてきた。

 父親が違う4人の子供が母親に捨てられ、電気水道ガス求められたアパートで凄惨な暮らしを強いられる『誰も知らない』(2004)の子供たちは全員父親が違うのだが、それでも強く結ばれ、悲惨な生活を乗り切ろうとする。

 亡くなった兄の命日に帰省した家族たちの一日を描く『歩いても歩いても』(2008)。次男の良多(阿部寛)は町医者だった父親(原田芳雄)と折り合いが悪く、休職中であることを隠している。

 兄はある日川で溺れた少年を助けて自分は死んでしまい、そのことで家族に深い溝を残す。兄の命日には命を助けられた少年が毎年のように焼香を上げにやってくるが、良多はもういいじゃないか、相手も居づらそうだし、というが母親のとし子(樹木希林)は他人を犠牲にして命たすけられといて、年に一度ぐらい嫌な気持ちになるのがなんなんのさ……とつぶやく。嫌事の多い父親に比べて親しみを感じていた母親のぞっとする一面を見せられて、言葉を失う良多。結局両親とは打ち解けられないままに終わっていく。