このように『Coda』はオリジナル版の要素を迂闊に変更せず、受け継ごうとしている。家族の職業や舞台がフランスからアメリカになったぐらいしか違わないが、一つだけ大きく変更された部分がある。それは聾唖者の家族を演じた役者が実際の聾唖者俳優なのだ。

『エール!』はフランスのアカデミー賞に当たるセザール賞にノミネートするほど評価されたが、批判も受けた。それは聾唖者の家族を演じた俳優が健常者だったから。

 聾唖者の俳優だっているのに、彼ら彼女らの仕事を奪っているというわけ。

『Coda』の監督・脚本を手掛けたシアン・ヘダーは、聾唖者家族の役に本当の聾唖者俳優をキャスティングしようと考えたが、出資者からは猛反発を受ける。ヘダーは最初にキャスティングした母親役のマーリー・マトソンと二人で「聾唖者俳優を出さないなら降板する」と抵抗したという。

 マトソンは生後18カ月で失聴した聾唖者で7歳の時、児童劇団に所属して以降は役者として生き、1986年公開の『愛は静けさの中に』で映画デビュー、なんとアカデミー主演女優賞を獲得した!

 父親役のトロイ・コッツァーは本作で、セックスにオープンすぎるコメディ演技が評価され、アカデミー助演男優賞に選ばれた。現在、聾唖者俳優でアカデミー主要部門に選ばれたのは、映画で夫婦役を演じたマトソンとコッツァーのただ二人だけ。ちなみにルビーの兄レオを演じているダニエル・デュラントは、マトソンの『愛は静けさの中に』を見て俳優を志したという……なんというできすぎた話だ。