芸人は「お笑い好き」にとっては憧れの存在だが、「なんとなく見に来た人」には蔑まれやすい存在だ。そんな存在が偉そうにしていたら気に食わない人もいるだろう。しかも、漫才などは生で見せる機会が多いのでお客さんとのトラブルは結構頻繁に起きるものだ。

 僕がまだ芸人をしており、ライブに頻繁に出演していた2000年代前半はお客さんの大半が若い女性だった。当時のお客さんはお笑い芸人をアイドル視していることが多く、お笑い全般が好きな「お笑い好き」ではなく、固定の芸人を目当てに会場に来る「芸人好き」という感じだった。なので目当ての芸人以外には興味がなく、目当ての芸人が終わると会場を出てしまうなど日常茶飯事。最前列がぽっかり空いてしまうこともあった。

 さらに、そのようなお客さんたちはもれなく観劇マナーがなっていない。途中退場もさることながら、漫才中に「○○くーん」や「かっこいいー」など笑いとは関係のない声援を送ったり、最前列にいながら友達同士で話したり。極めつけは、当時よく出演していた「シアターD」というライブハウスでのこと。その劇場は客席と舞台との段差がほとんどなく、手を伸ばせば舞台を触れるような状態だった。なので、最前列に座っている女性たちは目の前の舞台をテーブル代わりにし、飲み物を置いたり、自分が見たい芸人でないときに鏡を置いて化粧したりと、無法地帯になっていたのだ。

 もちろん、そのような行為は芸人たちにとって許し難いものであったが、知名度が低い芸人たちはファン獲得のためにとにかく我慢するしかなかった。ちなみに僕は売れていない時期でも舞台に置かれている飲み物を蹴り返したり、声援に対して「ネタ聞け!」と怒ったりしていたので、ファンがなかなかできなかった。