「本物以上の喜び」を与える会社経営者

 阪本監督の話がひと段落したところで、タイミングよく石井裕一氏が登場した。にこやかな表情で、礼儀正しく名刺を差し出す。「株式会社ファミリーロマンス 代表取締役 石井裕一」と名刺にはあり、裏面には「本物以上の喜びを HAPPIER THAN REAL」という言葉が記されている。

石井「おかげさまで、会社の業績は順調です。コロナ禍中は結婚式の代理出席などの依頼は減りましたが、メインにしているレンタル家族の依頼は増え続けています。現場が好きなもので、経営者である僕自身も、現場に出て代行サービスを務めています。つい先日も葬式に代理参列してきました。亡くなった父親とは不仲だったため、最期まで会いたくないという方からの依頼でした。葬式の参列者は僕ひとりでした」

 石井氏は高校卒業後は介護の専門学校に通い、介護の現場を経験。また、身長180cm以上あるルックスは見栄えがよく、芸能事務所に登録して役者を目指していた時期もあったそうだ。そうした体験を生かし、レンタル父親やレンタル彼氏、不倫の謝罪代行、集客に悩む地下アイドルの観客代行など、さまざまなニーズに対応している。

石井「介護を学んだこともあって、お年寄りのお世話などをするのが好きなんです。人と会話することでコミュニケーションを築いていく、この仕事に面白さを感じています。うさん臭く感じる人がいることは分かります。それもあって、テレビや雑誌からの取材依頼は断らず、ちゃんとした会社であることを説明するようにしているんです。依頼者からはいろんな案件が寄せられますが、もちろん犯罪に関わるようなケースはお断りしています」

 どんな質問を投げ掛けても、淀みなく答え続ける石井氏だった。『アギーレ/神の怒り』(72)や『カスパー・ハウザーの謎』(74)など奇人変人たちを主人公にした実話ベースの怪作を撮り続けてきたヘルツォーク監督が、彼を主演にした映画を撮りたくなった理由が分かるような気がしてきた。