今週の第1位は、女性セブンが報じ、それを悲観したのか一家心中を試み、自分だけが生き残ってしまった市川猿之助“事件”を後追いし、その裏を探った文春と新潮の記事に捧げたい。

 連日大盛況の明治座「市川猿之助奮闘歌舞伎公演」が14日目を迎えた5月18日、午前10時。四代目市川猿之助(47)のマネージャーを兼務する40代の役者Aにとっては、長い1日の始まりだったと文春は書いている。

 猿之助の知人はセブンの記事を読み、10年以上前の出来事を思い出したという。

「四代目猿之助を襲名する前の二代目亀治郎の時代のこと。公演が終わると、みんなでお風呂に入りに行くのですが、猿之助さんは若手スタッフに室内の風呂と露天風呂の間のガラスに股間を押し付けるように言い、股間が張り付いている様を見て、キャッキャッと喜んでいました」

 先の、マネージャー兼運転手謙愛人だったAは、新国劇出身の舞台俳優だった父と母の間に生まれ、芸能の道を歩み始めたのは19歳の頃だという。出世作に恵まれなかったAだったが、その名前が世間を騒がせたのは、有名女優との熱愛であった。

「〇六年、Aは舞台で共演して知り合った二十七歳年上の小柳ルミ子さんと交際。その翌年には婚約を報じられたが、周囲では『売名行為じゃないか』と囁かれていた。ところが間もなく小柳さんは『いつまでも甘えられて疲れた』と言う言葉を吐いて、三行半を突きつけたのです」(Aの知人)

 その後、交際したのも10歳上の女優だったという。先輩役者がこう話す。

「ほかにもAV女優を追いかけ回したりしていた。しかし主演ドラマの大切なシーンの撮影前にデートをしていたらしく、セリフが全く入っておらず、監督に怒鳴られていました」

 猿之助とAの親密ぶりを歌舞伎関係者が明かしている。

「A氏は運転手兼マネージャーとして四六時中、一緒にいました。猿之助さんが地方で仕事などがある際は必ずついていき、同じホテルに宿泊。猿之助のパーティーがお開きになると、他の役者さんや裏方さんはリビングで雑魚寝をするんですが、A氏だけ猿之助さんの寝室に招かれ、一夜を過ごしていました」

 猿之助は芸や遊びだけではなく、大変な読書家で努力家だったそうである。中高時代から自室の壁一面が本で埋まるほどで、とりわけ哲学者の梅原猛の著作を愛読して、慶応大学では国文学を学び、ほぼオールAで卒業したというのだ。

 しかし、そんな猿之助が耽溺していたのがギャンブルとスピリチュアルだったそうだ。ラスベガスのカジノには1日20時間、不眠不休で入り浸り、1度に賭けるカネは車1台分に上ることもあったという。

 また、地縛霊が成仏するというロシア製のランプを30万円で衝動買いするなど、スピリチュアルな世界への傾斜は年々加速していったそうである。

 以下は、心中する前の家族の様子を文春が報じているシーンである。失礼ながら、これがこの通りだったとすれば、文春の取材力は途方もないところまで来ていると思う。

「事件前日の夜八時、リビングに集まった親子三人は猿之助が振る舞った蕎麦を黙々と口に運んだ。その後の“家族会議”で決まったのは、この食事が最後の晩餐になるということだった。

『週刊誌にあることないこと書かれ、もう駄目だ。すべてが虚しくなった。全員で死のう。生きる意味がない。寝ている間に死ぬのが一番楽だろう』

 家には、猿之助が病院で処方してもらった睡眠導入剤が多くたまっている。猿之助は自室にある薬箱から大量にそれを持ち出すと、パッケージから錠剤を取り出す。時計の針は深夜0時を指していた。両親はそれぞれ十錠ほどを口に含むと、間もなく意識を失った。猿之助は部屋にあったビニール袋を手に取り、その顔に被せていく。そして、四十七年間の歳月をともに過ごした両親にそれぞれ別れをつげた。

『両親が動かなくなった後、猿之助さんはビニール袋を取り外し、“死に顔”を見たといいます。そして、薬のパッケージとビニール袋を夜中のうちに家の近くのゴミ置き場に捨てたのです」(喜熨斗家の関係者)

 時刻は早朝七時。猿之助は松竹に電話を入れた。

『今日は体調が悪いので休みます』」

 すごい描写である。これほどのディテールを書き込むには、現場を見て、猿之助から事情を聴取した人間しか知りえないはずだ。

 だが、もしこの通りだとすれば、猿之助は自殺ほう助か何かの罪に問われるのは間違いない。

 猿之助は事件直後、病院での聴取に対して、「自分でビニール袋を被るのは難しい。薬が切れてしまったのか、死にきれなかった」と話し、次のように現世を総括していたそうだ。

「大好きなラスベガスには何回も行けたし、仕事も充実してた。この世でやり残したことはない。転生できるのが楽しみだよ――」

 私は、週刊誌に書かれたぐらいで一家心中するとは思えない。もっと深刻な何かが猿之助や両親にあったのだろうか。謎は深まるばかりである。(文中敬称略)