──それは、人間同士だと自分の愛情が行き過ぎてしまうけれど、電線だと深い愛情も受け止めてくれるからですか?
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石山:そうですね。自分の思いをいくらでもぶつけていいし、返ってこないというのが安心するんです。
──返ってこないのが寂しいのではなく、安心するんですね。
石山:私の想いがどうであれ、電線の生き方は変わらないじゃないですか。言ってしまえば、私がいてもいなくても電線というインフラは100年以上存在し続けているわけで、その“ぶれなさ”にすごく安らぎます。「見返りを求めないの?」と思われるかもしれないのですが、電線はインフラなのでその恩恵が日常に溢れている。部屋の照明がついて、パソコンが使えて、電車に乗って移動して、電線によって電気が届けられている事実を感じるだけで心がホッとするんですよね。街にもどこかしらにケーブルや電線があるので、疲れたときや頑張りたいときに目にすると、元気が出ます。
──もう充分、見返りはもらっていると。
石山:はい! もちろん、相互のコミュニケーションが発生する関係性は楽しいだろうなとわかっているし、私と電線は閉じたどころか、一方通行のコミュニケーションだとは思うんですけど……電線は意志を持って私と交流することはないし、私がどうであろうと大丈夫。ただ、電線そのものは変わらないんですけど、無電柱化の推進など電線を取り巻く社会の目は確実に変わっているので、盲目的に愛そうとするのではなく批判的な部分も含めて真剣に考えていきたいし、その議論をポジティブなものにできたらいいなと思います。