◆井口理が俳優として歌う童歌

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 ただここで改めて思い出してもらいたい。井口理は普段、「King Gnu」のヴォーカルを担当し、キーボーディストでもある。いくら俳優に徹するからと言っても歌を歌いたくないわけではないだろう。でも井口が演じるススメは、歯科医であり、歌手ではない。

 本作には最低限の効果音以外に音楽はない。もちろん井口がヴォーカルメロディを吹き込んだ主題歌もない。そのかわり、ススメが言葉につまったときに唾を飲み込む音や井口の吐息が生々しい効果を生んでいる。

 ギブスが取れて右足が自由になったススメが薄暗い部屋で立ち上がる瞬間、今度は両足を思い切りつってもだえる場面がある。立ち上がれず、床に仰向けになったススメが口ずさむのはなんと童歌(わらべうた)だった。歌詞と歌詞の間で唾を飲んで大きく喉を鳴らす表情を見て、思わず膝を打った。アーティスト感を封印したはずの井口理が俳優として歌う童歌が聴けるとは思わなかった。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu