◆もごもご低音の聞き取りづらさ

©2023浅野いにお・小学館/「零落」制作委員会
 最初、深澤の声はほとんど誰の耳にも届かない。あまりに低音だからか、相手の耳にもごもごと聞こえてしまう。妻ののぞみ(MEGUMI)にしろ、久しぶりに集まった同級生たちにしろ、深澤のぼそぼそ言葉に対して彼らは必ず、「え?」と聞き返す。

 のぞみにいたっては、「なんて言ってるか聞き取れないんだよね」とはっきり指摘する。彼のもごもご低音ボイスは、劇場のクリアな音響空間で聞いている観客にでさえ、くぐもっていて、聞き取りづらいところが多い。

 でもそこは、斎藤工のあの低音ボイスである。クールなもごもご感といったらいいだろうか。これがたまらなく耳に心地いい。深澤の破綻した人格に反比例するように、この低音がどれほど複雑な効果を生み出していることか。