◆色気を奪われた斎藤工
この単音のボイスドラマは、筆者が劇場で律儀に数えたところ、結局合計4度の「え?」で成り立つことになる。この単音の歯切れの良さがかえってドラマ全体の深刻な雰囲気を助長させる演出も秀逸だ。
ちふゆと田舎に逃避行した深澤は、都会生活でくぐもっていた発声が驚くほどクリアになる。どんよりした陰鬱なキャラクターがすこしいきいきとするのだが、その一方で、彼の生活はどんどん破綻する。ちふゆとの出会いは、彼に幸福をもたらすどころか、文字通りの零落をもたらす。
劇中、何度かインサート的にモンタージュされる沖合の波の様子や波打ち際の点景は、すさんでいく深澤の心模様を象徴している。斎藤本人が俳優としてのターニングポイントだと語る『昼顔』(2017年)のカラッと晴れた官能的な海は本作にはない。もちろん官能の海に相応しい色男としての斎藤工もいない。本作での斎藤は、魅力的な低音ボイスがフィーチャーされるかわりに徹底的に色気を奪われている。