一方の真綾も、失恋したことで急に空虚になった毎日を“千輝くんに片思い(ごっこ)”することでハリのあるものにできるなら、乗っからせてもらおうと受け入れます。「好きな人を見かけた回数を数える」「匂いを嗅ぐ」「下駄箱チェック」「好きな人の好きなものを好きになる」……など、片想い業界のミッションをがんばってこなす健気な真綾。その姿に在りし日の自分がダブり、思わず目を細めてしまいました。

 しかしながら、ミッション達成の数をポップに“☆”でメモに記す真綾に、「えっ、“正”の字じゃないんだ……」と隔世の感を覚えたBBAは、私だけじゃないはず……。
 
 ともあれ、このあたりまではほほえましく、楽しくスクリーンを眺めていられたのです。劇場は友だちと連れ立ってやって来た高橋くん推しの女子が大半で、皆ポップコーンやホットドッグを片手に「どれ、推しの主演っぷりを見届けてやりますか」的な余裕を醸していたのに……!

 体育の授業中に訳あって倒れた真綾に千輝くんが駆け寄り、迷いなくお姫様だっこをしてグラウンドを去ったシーンから、劇場内の空気が一変しました。軽やかに響いていたポップコーンの咀嚼音は静まり、私の隣席の少女は終映までポップコーンに手を突っ込んだままでした。

 何が、あったのか。

 ここから、千輝くんと真綾は「これは“ごっこ遊び”だから」としてきた気持ちの底に芽吹いたものを知るのです。同じように、“推しの演技”を高みから見ていた女子たちも、千輝くんと真綾の恋を自分事のように感じ、息を詰めてしまったのだと思います。