キャラクターの薄いピン芸人は、優勝したネタのみが世に出てしまうと、そのネタを披露することばかり要求され、日々そのネタを披露することだけを考えて、新しいネタを考える暇もなくなり、気が付くと世の中に飽きられ、需要がなくなっていく。そのせいで、せっかく手に入れた「芸人ドリーム」も永遠に続かなくなってしまうのだ。つまり夢を見ることは出来るのだが、それを継続させることが漫才師に比べると難しいというのが結論だ。

 ちなみに、M-1グランプリも同じように努力や進化をしない漫才師は継続的にメディアに出演することが出来ないのは言うまでもない。

 では「希望」の面ではどうだろう。希望とは“ある事の実現を願い望むこと”“将来によせる期待”というもので、上記の「夢」を見てもらえればわかるが、自分の努力や発想、スタッフさんやマネージャーさんとの出会いなど様々な要素が必要になってくるが、夢を掴む可能性があるのだから、R-1グランプリにも「希望」は満ち溢れていると言える。なのでR-1という大会に「希望がない」というのは間違いなく『No!』である。

 最後に「大会の価値」だが、これはとても難しい。価値と言うのは他のものよりも上位に位置づける理由や、難しく言うと人間社会の存続にとってプラスの普遍性を持つと考えられる概念だったりする。まあ“お笑い”自体に生産性などはないが、間違いなく人間社会においてはプラスだと思うので、そういった意味ではR-1グランプリにも価値がある気がするが、R-1グランプリをほかのものよりも上位に位置づける理由が浮かぶかというと、なかなか浮かばない。もちろん何と比べるかによるが、お客さんが50名しか入らないようなライブハウスで行っている小さな大会に比べれば遥かに上位に位置づけている大会だが、その辺りと比べても意味がない。では何を比べるか。それはもちろん「M-1グランプリ」「キングオブコント」「THE SECOND」「THE W」といった、決勝戦がテレビで生放送される大会が適切だ。