愛する人と身も心も一体化する主人公

 映画は原作にほぼ沿った形で物語が進んでいくが、アレンジされている部分もある。マレンが探すのは原作では父親だが、映画ではマレンを産んだ母親を探すことになる。母親との再会劇は、マレンにさらなる衝撃を与える。もうひとつ、原作と映画との違いを、東方さんは指摘した。

東方「原作では、マレンの犠牲になるのは、最初のベビーシッター以外はみんな男の子なんです。サマーキャンプなどで仲良くなり、2人っきりになった男の子をマレンは食べてしまう。好きになった相手のことを食べてしまいたくなるという衝動を、マレンは抑えることができないんです。映画ではその部分はアレンジされていますが、原作のモチーフをうまく生かした映画になっていると思います。小説はマレンの成長に重点が置かれ、映画はマレンとリーの恋愛要素が大きくなっています。小説、映画それぞれの面白さがあるんじゃないでしょうか」

 スティーヴン・スピルバーグ監督の『ブリッジ・オブ・スパイ』(15)でソ連の諜報員を演じ、アカデミー賞助演男優賞を受賞したベテラン俳優のマーク・ライランスが、年齢不詳の男・サリー役で不気味な存在感を放っている。これまで多くの人たちをたいらげてきたサリーに対し、マレンは本能的に危険なものを感じている。だが、サリーがいなければ、マレンは人喰いとしての生きるすべが分からず、リーと知り合うこともできなかったはずだ。

 食人鬼と化しているサリーとは対照的に、若いリーは人間らしい心を失わずに生きようとする。そんなリーと一緒に行動することで、マレンは自分の中に湧いてくる猛烈な飢餓感を抑えるようになっていく。愛するリーも、おぞましいサリーも、どちらもマレンが成長する上で欠かせない存在だった。