◆貴司にとっての“トポス”

 営業ノルマをひとりだけ達成できず、唯一心のより所だった古本屋「デラシネ」が閉店してしまい、嫌気が差してしまった貴司が向かった夕日の海。彼にとって海は特別な場所である。ひとりの人間にとってのそういう特別な場所のことをギリシア語で“トポス”という。海というトポスはギリシアの哲学者にとっても特別な場所。

 文学青年である貴司は思慮深くすごく傷つきやすい。遠く地平線まで続き、空に溶け込むような海は貴司を迎い入れながら、彼に人生を見つめ直す機会を与える。舞の祖母、才津祥子(高畑淳子)の家でひとっ風呂浴びた貴司は一転してさっぱり晴れやかなムードに(浴衣を着た赤楚君のうなじの美しいこと!)。

 夕飯の食卓で祥子に指摘され、自分が人生から逃げていたにすぎないことを認めた貴司にとってのトポスは海だけでなく、親友たちに囲まれたこの食卓でもあるのだ。