『差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章』(キム・ジヘ著=大月書店)という本がある。
著者は韓国・江陵原州大学校多文化学科教授。本の中でこういっている。
「差別は常に、差別によって不利益を被る側の話であって、差別のおかげでメリットを得る側の人は、自ら立ち上がって差別を語ることはあまりない。差別は明らかに両者の非対称性によって生じるものであり、すべての人にとって不当なことであるにも関わらず、不思議なことに、差別を受ける側だけの問題のように扱われる。いったいこれはどうしたことだろう。確率的に考えても、自分が差別される時があるのであれば、差別をする側になる時もあるのではないだろうか?
私は恐くなってきた。もはや差別は、私と関係のない話ではなかった。教室で、会議場で、シンポジウムで、どこであれ、私自身も知らない自分の中の差別的な意識が、いつどんな言葉や行動として突然出てくるかもわからない。
狭量な性差別主義が、今の政権の本質だとすれば、恥ずかしいことだと思わないのか、岸田首相、荒井前秘書官。
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