山口監督に与えられたテーマは「メンヘラ」だった。メンヘラ=精神面が不安定で、社会にうまく順応できずにいる人と考えていいだろう。ナイーブで、純粋な心の持ち主ほど、効率性を重んじる現代社会では生きづらい。「メンヘラをテーマにした映画を」という製作サイドのオーダーから、本作のヒロインとなる莉奈が誕生した。山口監督自身がより感情移入しやすい男性主人公として、修一がそこに加わることになった。莉奈と修一との不器用な恋愛物語が、かくして始まる。
莉奈役はオーディションで選ばれた穂志もえか。今泉力哉監督の『橋の上で』(21)などに出演し、メインキャストを演じた米国のTVドラマ『SHOGUN』の放送が控えている。ミュージカル『テニスの王子様』『刀剣乱舞』などに出演した黒羽麻璃央が、藤井プロデューサーの推薦で修一を演じた。期待の若手俳優2人が、全力を振り絞るようにそれぞれ役に情熱を注いでいる。
無意識のうちにマウンティングしている恋人
莉奈(穂志もえか)は自分に正直すぎるあまり、他人とうまくコミュニケーションすることができない。周囲にいると、かなり面倒くさいタイプの女の子だ。居酒屋でバイトしていた莉奈だったが、態度の悪い男性客に思わずブチ切れてしまう。その様子をたまたま見ていたのが、カウンター席にいた修一(黒羽麻璃央)だった。莉奈のブチ切れ方が、修一にはとてもチャーミングに思えた。
バイトをクビになり、莉奈にはどこにも行き場がない。引き取り手のいない保護ネコを思わせる莉奈のことを、修一は放っておけず、アパートへと連れ帰る。修一と莉奈の甘い同棲生活が、物語序盤で描かれる。
出版社に勤める修一は、将来は小説家になるという夢を抱いていた。仕事から帰ると手書きで小説を書き進めているが、仕事は忙しくなる一方で思うように執筆ははかどらない。上司はパワハラ系で、同僚の失敗も修一がカバーするはめに。夢や理想に満ちていた学生時代と違い、社会人生活はとてもシビアだ。