一見さんが観てこその感動が絶対にある

 だが、筆者個人は、『THE FIRST SLAM DUNK』は一見さんでも全く問題なく楽しめる作品であると思う。いや、それどころか、「原作をすでに読んでいる人には絶対に味わえない、一見さんが観てこその感動が絶対にある」「予備知識なくこの映画が観られる人がうらやましい」とまで断言できる。

 その理由の1つが、シンプルに一見さんへの配慮がしっかりなされていることだ。例えば、登場人物(特に応援に来ている仲間たち)は不自然すぎない程度にそれぞれの自己紹介的なセリフを口にしている。試合の合間に挟まれるドラマパートでも、十分に各キャラクターの特徴や、それぞれの関係性は把握できるだろう。

 また、原作漫画からいくつかのエピソードが取捨選択されているのだが、カットされたのはほぼ全て「一見さんには意味がわからない」ものだったと思う。あの人キャラクターの登場や、あのセリフがないことを残念に思うファンもいるかもしれないが、一見さんへの配慮はもとより、「一本の映画としての流れ」としても、それらを描かないことが英断だと思えた。

 前述した有名なセリフを「あえて聞かせない」ことも、一見さんにとって意味がわからないことをオミットした結果とも言える。その具体的なセリフの内容がわからなくても問題ない。試合の中でのチームメイトとのやり取りとして、どれほどアツいものであるかは、一見さんにも十分に伝わると思うからだ。何より、それは今回の映画だけでも十分に掴める物語の流れと、独自の演出によって、「これしかない」と言える形で提示されているのだから。

 何より、原作を読んでいない方は、当然ながらこの試合の勝敗の行方を知らない。具体的な説明がなくても、相手チームの強さと、いかに勝つことが難しいかは、種々の描写と、アニメとしての演出で大いに伝わってくるはずだ。それでも、決して諦めずに立ち向かっていく主人公チームを「頑張れ、頑張れ」と心から応援できる。その結末を知らないからこそ、よりそう願えるというのは、貴重な体験になると思うのだ。

 さらに断言できるのは、「原作を読んでないしなあ」という理由で、本作を「映画館で観ない」というのは、あまりにもったいないということだ。音の演出が優れている、スクリーン映えする迫力の画があること以上に、文字通りに「死闘」にもなっている試合の行く末を、映画を観に来た観客と共に「固唾を飲んで見守る」体験は、絶対に家のモニター、ましてやスマホやタブレットで観ても、絶対に味わえないからだ。しかも、その視点は劇中でバスケの試合を観ている観客や仲間とリンクしているのである。

 もう一度断言しよう。本作は「一見さんでも問題ない」「いや一見しか味わない感動もある」「原作を先に読もうか迷って映画館で見逃すくらいなら、先に映画館にかけてつけてほしい」と。『THE FIRST SLAM DUNK』は、それほどまでに「映画館で映画を観る意義」を、最大限に感じられるのだ。日本の3DCGアニメ映画としても、世界に誇れる、大きな躍進となった作品であることも間違いない。

『リアル』に近い、痛みに向き合う物語の誠実さ

 個人的に、この『THE FIRST SLAM DUNK』で持った印象は、良い意味で「熱血スポ根もの」ではなかった。同じく井上雄彦による作品で言えば『リアル』の印象にも近い、「うまく生きられない」痛みを抱えた人を描く「人間ドラマ」の魅力も大きかったのだ。

 事実、井上雄彦はインタビューで、20代の時には無限の可能性がある主人公の物語がすごくハマったが、そこから26年経って、痛みだったり、うまくいかないことを経験したからこそ、今はそうした存在の視点で描きたかった、といったことを語っている。

 主軸となる物語のトーンはややダウナーであるし、劇中ではそれを反映したかのように「曇り空」が多い。だが、だからこそ、原作漫画では他キャラクターに比べるとやや目立ってなかったとも言える「彼」にスポットを当ててくれたことが嬉しかったし、決して「天才」ではない彼の物語が、痛みに向き合う物語としてとても誠実だと思えたのだ。

 その「彼」の物語は、(実は井上雄彦は別のところですでに描いていたのだが)原作漫画を読んでいた人にも新鮮に映るだろうし、彼のアイデンティティを形成した出来事の最初から描かれているので『スラムダンク』を全く知らない人でも問題なく感情移入ができるはずだ。やはり、『THE FIRST SLAM DUNK』はファンはもちろん一見さんも楽しめる、極めて間口は広く、そして革新的な、これから先も伝説として語られる作品になるだろう。


提供・日刊サイゾー

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