◆1週間後に流産手術を受ける

 私が経験した自然流産は稽留流産(けいりゅうりゅうざん)と呼ばれます。体内で胎児の発育が止まり、子宮内にとどまっている状態のことを指します。胎児を出す方法は三つ。一つ目は静脈麻酔を使って子宮内容除去術を受けること。私はそのために手術ができる大きな病院の紹介状をもらいました。二つ目は日本国内では承認されていませんが、内服薬による子宮収縮による流産の促進です。そして、三つ目は自然排出が起こるまで待つ、完全流産すること。

 たとえ心拍がなくなっても、胎児自体はまだ存在し、妊婦の体は妊娠状態にあります。自然と腹痛(生理痛のような痛み)が起きるのを待ち、胎児と子宮内容を排出させる方法があります。ドイツ語ではこれを赤ちゃんが産声をあげないからでしょう、<静かな出産>(stille Geburt)と言います。不思議なことに私は産婦人科医でこのような選択肢について教わりませんでした。

 後に自然排出体験者から聞いたのですが、<静かな出産>はまだ妊娠に気づいていない人に腹痛と出血により偶発的に起きる場合があれば、妊婦自身が亡くなった胎児と手術というあっさりな別れ方をしたくない場合に選ぶことがあります。

 子宮内容除去術の話に戻ると、私はすぐに病院に電話し、予約を取り、手術が行われたのは1週間後のことでした。患者衣に着替え、廊下で待っている際、同じ階にある産科の方から赤ちゃんの元気な泣き声が聞こえました。タイミングの悪さに心が揺さぶられたことを今でも覚えています。

 その時は世界で最も聞きたくない音声であり、その子の母親を心底羨ましいと思いました。手術自体は20分程度で終わり、半日入院しただけでした。術後の痛みはなし。2~3日会社を休み、私はいつもの日常に戻りました。

◆流産の告知と手術のあとも冷静だった私

 ここまでの出来事を淡々と描いていると読者のみなさんは私の冷静さに驚くかもしれません。

 実際、流産告知後の1か月間は本当に淡々としていました。最初の3日間は涙さえ出ませんでした。妊婦の15パーセントは経験すると言われている負の統計に私が当てはまってもおかしくない、とか、今までの人生で大した災難にあっていないのだから、今回は私に舞い降りても仕方がないだろう、とかこの因果はしょうがないんだと考える傾向がありました。

「自分はこんなにドライでどうなんだろう。流産が判明してから赤ちゃんのことを<胚>と呼んでいるのはおかしいのか」(※2)。当時、私がフェイスブックに投稿した一言です。今思えばこれはおそらく子供と精神的な繋がりを持たないために無意識に引いた境界線。<胎児>と呼ぶことに急に抵抗を覚えました。

 同時に私はもやもやし始めました。早めに仕事復帰し、家には何も知らない娘がいて、自分の感情を露にする場所が自宅にも外にもないことにストレスを感じたのです。

 私達夫婦は幼い子に流産、つまり死について話すのは酷すぎる、という考えからこの話題を娘の前では避けました。友達にはオープンに打ち明けていましたが、じっくり語り合う機会はあまりありませんでした。

(※2 通常は不妊治療で受精された受精卵のことを「胚」といい、子宮内の胎児のことはそう呼びません)