◆希望が手からこぼれた落ちた男の表情

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 映画の後半で描かれる彼の「過去」は……ネタバレになるので詳しくは言及できないが、「ある映画」における窪田正孝の役も強く連想させるものだった。そして、物語上では意外な姿を見せる一方で、「窪田正孝が演じてこその説得力と迫力」にも感動があった。

 ここでの窪田正孝の演技は、「これほどの人生を過ごして、なんとか希望を掴み取ろうとしたのに、手からこぼれ落ちてしまう人間の表情はこうなるのか」という衝撃を与えてくれたのだから。映画の序盤で描かれた「ささやかな幸せ」とのギャップのおかげで、その悲劇はより際立っていた。

◆「別次元」「集大成」の理由

 石川慶監督は、『ふがいない僕は空を見た』(2010)の窪田正孝の演技が強烈に頭に残っていたそうで、「狂気を孕んだ危うさみたいなものをやらせたら抜群」「抽象的な話を受け止めて、それを芝居として形にしている、非常に力を持った役者さん」という印象を持ったという(プレス資料より)。それらの言葉は、今回の『ある男』の役にも一致する。

 これまでも、窪田正孝は哀愁が漂っていたり、心の闇や危うさを抱えたキャラクターにこの上なくマッチしていた。そして、今回はこれまでのどの役よりも「絶望」「狂気」を全身全霊で表現するような、もはや「別次元」の領域にまで達していた。さらには、映画序盤で見せる「優しさ」「親しみやすさ」「かわいらしさ」も持ち合わせていたからこそ、窪田正孝という役者の「集大成」だと思えたのだ。