2022年11月18日より、芥川賞作家の平野啓一郎の同名ベストセラーを原作とした映画『ある男』が公開されている。目玉は、妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝の豪華共演。

©2022「ある男」製作委員会
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 そして、ややダークなトーンで展開する予想を裏切るミステリーであると同時に、後述する「誰もが一度は思ってしまうこと」にハッとさせられる奥深いヒューマンドラマになっていた。

 ここでは、何よりも窪田正孝を推したい。これまで演じてきた役の「集大成」的なハードで複雑な役柄であり、もはや「別次元」とも言える領域にまで突入していたのだから。

◆映画の序盤で「いなくなってしまう」

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 あらすじを紹介しよう。文具店で働く里枝(安藤サクラ)は、林業に従事する大祐(窪田正孝)と出会い再婚する。幸せな日々を過ごしていた矢先、大祐は不慮の事故で帰らぬ人となる。そして、長年疎遠になっていた大祐の兄(眞島秀和)は、遺影に写っている男は大祐ではないと言う。里枝は弁護士の城戸(妻夫木聡)に、大祐の身元調査を依頼するのだが……。

 簡単に言えば、事故で亡くなった夫が「別人」だった理由を探るミステリーだ。つまり、窪田正孝が演じる大祐……いや謎の男「X」は、映画の序盤で「いなくなってしまう」のだ。

 だが、その序盤だけで彼のことを愛おしく思えるし、その後の「もう会えない」ことの寂しさ、そして後半で明かされる「秘密」が胸に迫るようになっている。9月末に公開された『マイ・ブロークン・マリコ』の役にも近い、初めこそ陰キャまっしぐらのようでいて、実は優しさや親しみやすさも魅力的なキャラクターを、窪田正孝は完璧に体現していたからだ。