都会は田舎に比べてご近所女付き合いが少ないことはよく知られています。アパートの隣人の顔も名前も知らないなんてことも珍しくありません。今回は、そんな都会から田舎へIターンしたアラサー女子に待ち受けていた田舎の風土に四苦八苦するエピソードです。
◆コロナで仕事がオンライン化、田舎へ移住
今回お話を聞いたのは、英会話講師の千秋さん(仮名・27歳)。
千秋さんは、コロナ禍で仕事が全てオンライン化されたため、それを機にとある地方の田舎街に引っ越したそうです。
そのおかげで、渋谷のワンルームマンションから一気に100坪の一軒家に住むことになった千秋さん。その場所は元々住んでいた東京に比べ空気は美味しく、騒音に悩まされることもありません。おまけに物価も安く、千秋さんにとっての魅力が三拍子揃った場所でした。
◆夢の一軒家暮らし
子供のころからマンション暮らしだった千秋さんにとって、一軒家暮らしはあこがれだったといいます。
「初めての一軒家暮らし。不安なこともあったのですが、それよりもワクワクする気持ちが勝っていました」
千秋さんは嬉しそうに語ってくれました。
◆引っ越し初日から始まったご近所付き合い
前職で知り合った地方出身の先輩から、田舎は近所付き合いが盛んだと聞いていた千秋さん。その話の通り、引っ越し当日自らご挨拶に出向く前に、隣に住む80代くらいのお婆さんが家にやって来たそうです。
千秋さんも挨拶用に買っておいた饅頭のおみやげをお婆さんに渡し、いきなりご近所付き合いがスタートしたそうです。
「お隣のお婆さんは10年前にご主人を亡くされていて、今は一人で畑仕事の毎日とのことでした。それから他愛もない話を少しして、お婆さんはまた後で来ると言って帰っていったんです」
◆ダンボール一杯の野菜をもらう
元々荷物もそれほどなく、家具の設置も引っ越し業者にお任せだったため、部屋は早めに片付いたそう。ひと段落し、庭の柿の木に実がなっているのを見て千秋さんが秋を感じていると、またお婆さんがやってきました。
「引っ越しでお腹が空いたろう。家で採れた野菜もって来たから食べなさい」
そう言ってお婆さんは段ボール一杯の穀物や野菜など秋の味覚を大量に持ってきてくれたそうです。特に今年の秋は豊作だったらしく、料理好きな千秋さんは早速煮物や野菜のサラダ作りに挑戦します。
「だだっ広い畳の上で一人食べる田舎の食事は少し寂しかったけれど、今まで一番美味しく感じました」
田舎の食材はどれも美味しかったので、千秋さんがお婆さんにお礼を言いに行くと、とても喜んでくれたそうです。初日からまずまずの滑り出しに、千秋さんはこれからの生活に思いを馳せつつ眠りについたそう。
◆気づけば食べきれない量の食材
それから、お婆さんは次の日もまた次の日も野菜やお菓子、時にはお酒などを持ってきてくれるようになったそうです。お婆さんは来るたびに世間話をし、前日の料理は何を作ったかを聞き満足して帰っていったのだといいます。
「私独りでそんなに多くの食材を消費するのは無理だったんです。最初はありがたく思っていたんですけど、お婆さんに会うのがだんだん億劫になってきてしまっていて……」
千秋さんは次第に困惑する様になってしまったのだそうです。一時は居留守を使うことも考えたそうですが、毎日重い箱を運んでくれるお婆さんのことを思うと千秋さんにはできませんでした。
早くも田舎の洗礼を受ける千秋さんでした。
◆お婆さんに正直な気持ちを伝える
ある日、いつものやって来たお婆さんに「実はいつも頂く食材が多すぎて、食べきれなくて困っている」と正直に、丁寧に伝えた千秋さん。
するとお婆さんは一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに状況を理解して謝ってくれたそうです。
「なんでも私と年恰好の似た孫がいて、つい心配でたくさん届けてしまっていたと言っていました。私も少し単刀直入に言い過ぎたかなと、少し反省してたんです」
すると、お婆さんは日が沈んだ頃もう一度やってきて「これからは食べる分だけ持ってこようかね。今日はお月さんも綺麗だね。おやすみね、千秋さん」
と言って、また帰っていったお婆さん。千秋さんは、お婆さんの温かみのある気遣いに、お婆さんが帰った後の縁側で夜空に輝く月を見ながら目頭が熱くなったそう。
◆ご近所付き合いは良好
都会では決して感じることのなかった人との繋がりの暖かさ。社会人になって、ただ目標に向かってがむしゃらに働きまくっていた自分を、客観的に見つめ直すいい機会に巡り会えた千秋さん。
その後もお婆さんとのご近所付き合いは良好で、最近では一緒に畑へ出ることもある千秋さん。和やかな毎日のおかげで、オンラインのお仕事も順調に進みます。
目下の悩みは、最近お婆さんの耳が遠くなったことだとか。でも、そんなチャーミングなお婆さんに出会えた田舎暮らしは、千秋さんにとって大きな収穫となったそうです。
―シリーズ「秋のトホホ」―
<文/大杉沙樹>
【大杉沙樹】
わんぱく2児の母親というお仕事と、ライターを掛け持ちするアラフォー女子。昨今の情勢でアジアに単身赴任中の夫は帰国できず。家族団欒夢見てがんばってます。