行き場を失った体が、痛みを感じて叫んでいる

 単純に誰かと関係性を持ちたいだけ、つながりたいだけなのに、急所にかみつきあい、傷つけあうことでしか関係性をつくれない人もいます。「関係性をつくる」手段が、どこかでボタンを掛け違えて、間違った学習をしてしまった結果なのかもしれません。その人の内側で停滞し、腐敗しかけている感情を、なんとか外に流そうとしている。そんな間違った自己治療なのかもしれません。

 人から発される言葉は、体の叫びのようなものです。言葉にならないものは、叫びやうめきのような声として発されます。現代は多くの人がキリキリと理由の分からない痛みを感じている時代です。

 行き場を失った体が、痛みを感じて叫んでいます。解毒するための自己治療方法が分からず、その体の歪みが複雑な経路をたどって、罵詈雑言やヘイトスピーチのような形で表に顔を出しているのかもしれません。

本当は、支え合う社会を望んでいるはず

 だからこそ、わたしは医療者としてやるべきことは多いのではないかと感じてもいます。そして、芸術における表現行為は、自己治療のひとつとして大きな役割があるのではないかと思っています。食事には排泄がペアとして必要なように、情報を取り入れるときには外に出すことも必要です。その外部へ出す行為が結果として人の心を動かすものであれば、それがアートとなりえるのだと思います。

 傷つけ合い批判し合う社会よりも、助け合い支え合う社会こそ、わたしたちは望んでいるはずです。そのための意思と覚悟さえあれば、どんな場所からでも新しい可能性を芽吹かせていくことができるはずだと強く思っています。

※稲葉俊郎『いのちの居場所』から一部改変・抜粋

<文/稲葉俊郎(いなば・としろう)>

稲葉俊郎 1979年熊本生まれ。医師、医学博士。軽井沢病院院長。2014年に東京大学医学系研究科内科学大学院博士課程を卒業(医学博士)。2014~2020年3月、東京大学医学部付属病院循環器内科助教。2020年4月から軽井沢へと拠点を移し、信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼任。東北芸術工科大学客員教授(山形ビエンナーレ2020 芸術監督就任)を併任。2022年4月から軽井沢病院院長。「全体性」を取り戻す、新しい社会の一環としての医療のあり方を模索している。著書に『ころころするからだ:この世界で生きていくために考える「いのち」のコト』(春秋社)、『学びのきほん からだとこころの健康学』(NHK出版)、『いのちを呼びさますもの—ひとのこころとからだ—』『いのちは のちの いのちへ―新しい医療のかたち―』(ともにアノニマ・スタジオ)など。6月26日に『いのちの居場所』(扶桑社)を上梓。

提供・女子SPA!



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