“シーンごとに気を配る”お芝居
――紅から鍵を受け取ろうとする瞬間や蓮壁家の屋敷を去る場面で、若宮が車の荷台から後ろの景色を振り返る瞬間があります。『ウェディング・ハイ』でも後部座席に座って車窓を流れる教会を見つめるショットなど、こうした瞬間には、ここぞというところで見事に身体がぴたりとフレームに収まり、ビートを刻むようにショットサイズを意識されているのかなと思いました。
岩田:なるほど(笑)。紅への思いについては、意外と脚本に記述が少なかったんです。クライマックスへ向けて、獅子雄は、どこかクールな部分は残しつつ、気持ちを爆発させます。その点、若宮が、視聴者目線でリードしていかなければならないので、すごくプレッシャーを感じていました。
屋敷を去る場面では、蓮壁一族のことを思いながら、何もできない自分の非力さを嘆いたお芝居でした。最初は、感情が入り、泣き過ぎてしまったんです。すると抑えた演技のテイクが使われました。
――さまざまな複雑な感情が入り組んだお芝居だったわけですね。
岩田:そうですね。若宮の芝居は、ほんとうに気を配ることが多かったです。ただひとつの目的をそのシーンで演じるのではなく、シーンごとに気を配らなればいけませんでした。泣きながら笑うではないですが、そうしたコントロールを自分ではうまくできているつもりでも、観客のみなさんにどう受け取ってもらえるかとう葛藤がありました。
ターニングポイントを越えた感覚
――昨年、ソロプロジェクト「Be My guest」のファンミーティングで、今まで出演した作品を振り返るフラッシュバックコーナーがありました。俳優としてのターニングポイントを『去年の冬、きみと別れ』と『Vision』等が公開された2018年としていましたが、ターニングポイントを越えて、今どんな感覚で演技をしていますか?
岩田:今もずっと闘っています。その当時はその当時の悩みがありましたし、今は今の悩みがあります。これが来年になったら変わるかというと、また違う悩みが出てきたり。その連続だなと思います。
エンタメの世界は、万人がいいと思えることのほうが少ないんです。99人がいいと言っていても、1人は絶対好きではないとなる世界。何を信じて続けていくのか、時代とともに悩む部分ではあります。この数年、それなりに幅広い役柄を務めさせてもらい、新たに気づけたことが多いです。ただ、ひとつ確かなのは、映像におけるお芝居というものを、昔よりも楽しめています。それは間違いありません。
――今や、「EXILE」や「三代目JSB」のパフォーマーとしての活動と同列に俳優業があるわけですね。
岩田:実際スケジュールとしては、お芝居をしているほうが長いんです。年間のスケジュールの拘束時間の話ですが。ありがたいことに、物理的な配分の中で、どちらも好きなので全力でやります。パフォーマンスと演技によって感じるものは、年々変わってきた感覚があります。