今回ご紹介するのは、社会派の長編小説を選んだKさんです。原書は世界的なミリオンセラーにもなっていて、現在の社会情勢に照らしても、注目度の高い作品です。

Kさんが最初に送ってくれた企画書は、内容は充実していたものの、5枚と枚数が多かったほか、少し「圧」を感じてしまう部分がありました。社会派の題材だからこそ特に、「これは有意義な内容だから読むべき」という姿勢が出てしまいがちなので注意が必要です。もちろん、熱意を持って世に出すのはとても大切なことです。だけど、いくら正しいことでも、そう主張されると人は反発を覚えてしまうものです。正しさを訴えても動いてくれるわけではないんですよね。むしろ、「こんなに面白いんですよ、こんな目新しさがありますよ」と、読みたい気持ちをかきたてるほうが効果的です。

Kさんにはその点を工夫していただくとともに、読者層を絞り込み、Kさん自身の翻訳歴や本書の題材に関連する経歴を盛り込むようにお伝えしました。また、あわせて1章分の試訳をお送りいただくことにしました。

再提出いただいた企画書は「圧」が取れ、受け取りやすいものに変わっていました。試訳もとても読みやすく、小説としての世界観も備えていて魅力的でした。それもそのはず、Kさんは各種の翻訳コンテストで何度も上位入賞を果たしている実力者なのです。

コンテストはどうしても少ないチャンスに多くの応募者が殺到するため、狭き門になりがちです。それを通過するのもデビューのひとつの方法ではありますが、通過したとしても、その後ずっとお仕事があるわけではないんですよね。Kさんのように安定した実力をお持ちの方の場合、コンテストに労力を割くよりも、実際に編集者さんとお会いしてお仕事をしていくほうが早いように感じました。

実は、Kさんはすでに3冊の翻訳書を出版されています。ただ、これらは翻訳エージェントに勤めていた当時に、その会社の中で回ってきたお仕事なのだそうです。編集者さんと直接やりとりする機会はほぼなく、名刺交換はしたものの、業界でのルール違反になるのでその人脈を使うこともできません。そこで、新たにKさん自身でお仕事をとっていけるようにがんばっているところなのです。